こんにちは。
今回は映画ちいかわのレビューをしていきます。
映画ちいかわのネタバレを含みますので、ネタバレNGな方はこれ以降は読み進めないようお戻りくださいませ。
映画ちいかわ総合レビュー感想「見応えあり」「癒された」
ちいかわは可愛らしい絵柄に反し、「労働してお金を稼ぐ」「ちゃんとした家がない子もいる」「アルバイトや飲酒に資格がいる」など結構シビアな設定があります。
労働も”草むしり”や”シール貼り”などの軽作業もありますが、”討伐”といった危険を伴う仕事もあり。
討伐のような危険な仕事をせずとも暮らせるみたいですが、普通に暮らしていても”でかつよ”といった存在に襲われたりする危険もあります。
そんな”一見かわいい・ほのぼのしているのにちょっとダーク”な世界観は、映画ちいかわでも健在。
「ちいかわ知らずに観たら地獄を見た」という感想もわかります。
全体的にはやっぱり”かわいい”のですが、お話自体は”皆がハッピーエンドではない”結末。
「かわいいキャラたちが人魚のいる島を冒険するのね」なんて軽い気持ちで見たら「話が違う」となるでしょうね。
私はラストを知っていて、当時漫画で読んだときは「このラストでよいのか?」と後味の悪さを感じたのですが、映画はまた違いました。
物語の途中途中で「ちょっと酷くない?」とか、ラストも言葉にならない切なさがあったわけですが、漫画のときよりも「良いものを観れた」感覚があったのです。
100分間、飽きることなくあっという間でした。
月華私の中では可愛さ>怖さ、でしたね。単純にちいかわたちの可愛さに癒された部分が大きいです。
映画ちいかわは可愛さにブースト!セイレーン側まで可愛く見える
初めての島に感動する姿、おいしい食べ物に興奮する姿などのほのぼのシーンはもちろん、セイレーンから逃げたり立ち向かったりする姿も「頑張れ」と応援したくなりました。
ちいかわたちが可愛いのはいつも通りですが、映画を見ていると不思議とセイレーンや人魚たちも可愛く見えました。



セイレーンは声が可愛いと思いましたし、人魚も小っちゃくてセイレーンのそばにいるのが可愛いなと。
正直セイレーンの目が赤く光るシーンは流石に怖いというか「不気味だ」と思いましたが、後ほどまた書きますがセイレーンも割と素直なところがあるので、憎めない存在です。
個人的に「かわいい」で印象に残っているシーン①冒頭のうさぎ
ちいかわの中でも屈指の人気を誇る、うさぎ。
私の中でうさぎは、常にマイペースな様子や不思議な言葉を発するのが面白くて、見ていくうちにどんどん可愛く見えるようになった存在です。
どちらかというと「おもしろ可愛い」キャラだったのですが、冒頭のうさぎが切り株に寝転んでいるシーンはもうただただ可愛かったです。
しゃべらないシーンで映像に集中できるせいか、お顔がいつも以上にキュートになっている感じがしました。
きゅるりとした目に、特徴的な口元、眺めの眉毛。



「やけにうさぎが可愛く見える」と思ってところで、いつもの「はあ?」が来ます。思わずふふっとなりました。
しかも、そのあとちいかわとハチワレと合流するのですが、ちいかわが食べていたリンゴをしれっとうさぎが奪っています。
「さすがうさぎ」と思うと同時に「ちいかわも何も言わないのね」と二人の独特な関係性を感じられてよかったです。
個人的に「かわいい」で印象に残っているシーン②健気すぎる古本屋
「うさぎこんなに可愛かった?」と映画冒頭から衝撃だったのですが、推しのかにちゃんこと古本屋さんが登場したときは「推しの可愛さは異常」と幸せホルモンが大量に出ている状態でした。
古本屋さんもお友達と島に行きたかったのでしょうね。広場でモモンガにそれはもう嬉しそうに駆け寄っていました。



モモンガ、島で色々やらかすので「古本屋さん、連れて行っちゃダメ」と言いたくなるわけですが、あんな嬉しそうな姿を見ては「楽しんでおいで」ならざるを得ません。
古本屋さん、モモンガへの疑いのない友情はもちろんなのですが、とにかく健気な性格ですよね。
モモンガは自分のせいでラッコたちが連れ去られても一切気にしていないのに、古本屋さんはちいかわたちと一緒に助けに行きます。
古本屋さんも絶対に戦闘は苦手なタイプだと思うのですが、ピンチのとき何かとアシストしようとしていました。
モモンガに武器を渡したり、ちいかわとハチワレの蔦をカチューシャで切ろうとしたり、行動派な様子がチラホラ。



自分にできることを精一杯やろうとする姿が健気でした。古本屋さん、意外と登場シーンがあってうれしかったです。
個人的に「かわいい」で印象に残っているシーン③モモンガ苦手なちいかわ
ちいかわって、モモンガさんのこと苦手ですよね?
映画でも割と強めに「え”っ」と言っていたのが印象的でした。
自分の意見が言えずに泣いてしまうこともあるちいかわなのに、モモンガに対しての「イヤ」はわかりやすい。
そんなちいかわですが、セイレーンから逃げる途中、まさかのハチワレたちとはぐれてモモンガと一緒になってしまいます。
ちいかわの「なんでこいつと?」と言わんばかりの反応も面白かったです。
ピンチのときも自分中心のモモンガに振り回されるちいかわですが、崖から落ちそうなところをモモンガに助けられます。
そのせいでちいかわの丸いお耳が伸びてしまっていました。
耳は痛そうでしたし飴は奪われるしで可哀そうでしたが、そのあとハチワレたちと再会したとき「助けてもらったの?」と聞かれて、しぶしぶ頷くちいかわが可愛かったです。



「モモンガがちいかわを助けた」と知った古本屋さんの反応も大変良きでした。あの子たち本当に良い子すぎます。
個人的に「かわいい」で印象に残っているシーン④くり&シーサーのバカンスぶり
くりまんじゅうとシーサーだけは「あの二人だけ別の世界線にいるの?」というレベルで、バカンスしていました。
島について早々にお酒と焼きそばを楽しむ、くりまんじゅう。
翌日にはしっかり二日酔いで、どこまでも変わらないくりまんじゅう先輩です。
島限定のラーメン目的でやってきたシーサーは、ここでもくりまんじゅうの介護をします。
おかげでくりまんじゅうとシーサーは、ギリギリまでセイレーンとの騒動に巻き込まれません。
ちいかわたちが必死になっているとき、二人はお部屋でのんびりしたり、海でプカプカ浮かんだり。とてもバカンスしています。
でも、くりまんじゅうとシーサーも最後のセイレーンとの決闘では活躍するのが〇!
シーサーのカレー作りに、くりまんじゅうの味見係はほのぼのしましたし、くりまんじゅうのリズム隊姿は新鮮でした。



シーサーは本当に良い子ですね。ちいかわとハチワレと会ったとき、二人がパフェをそれぞれがお裾分けしていたのも印象的。くりまんじゅうはうさぎとは違う”熟練者”の風格を感じました。さすが先輩です。
個人的に「かわいい」で印象に残っているシーン⑤セイレーンの素直な謝罪
漫画のセイレーンのイメージは「圧倒的パワー」「島民を躊躇なく食べちゃう」でした。正直なところ、あまり良い印象がなかったです。
しかし、映画を見てセイレーンの印象が一気に変わりました。
まず「声」がかわいいです。
可愛らしい声のおかげか、「わがままな女の子」感があって、「~なの?」「コーラスちゃんとして!」とかも威圧的がなく、「も~なんで?」みたいな子どもみたいな感じさえ感じました。
あと、意外と素直なところもあるなと。
ちいかわたちを最初捕まえたとき、ちいかわたちが犯人でないと確認すると「ごめんね」とちゃんと謝っているのです(しかも、目が覚めるまでちいかわたちをしっぽで温めてあげていました)。
犯人を探していることまで話して、(島民は食べちゃっているのに)3人は食べずに返しています。



「間違えちゃった、ごめんね」の言い方も可愛かったです。ちゃんと謝れたり優しさも見られるのに、”島民を食べてしまっているんだよな”と複雑な気持ちになりました。
素朴な疑問「セイレーンがちいかわたちは”島民でない”とわかったのは何故?」
「素直に謝るなんてセイレーンも可愛いところがあるじゃない」と思ったのですが、同時にある疑問が。
どうしてちいかわたちが島民ではないとわかったのか?
セイレーンは島民の中に犯人がいると思い、島民を次々に拉致していました。
犯人かどうかは”お尻に乾電池を入れるパーツがあること”でわかります。
そのため、セイレーンが”ちいかわたちは犯人ではない”とわかるのは納得できますよね。
しかし、犯人でないことが一目瞭然だとしても、【島民じゃない】のは一体どこでわかったのでしょうか。
セイレーンは拉致した島民が犯人でない場合でも「島民だから」食べてしまったわけですよね。
ちいかわたちに対しては「間違えちゃった」と謝罪したうえに、食べずにちゃんと島へ帰しています。
最初は衣装?と思いましたが、ちいかわたちも島についてすぐに島民と同じ衣装を着せてもらっていますから、この線はナシ。
島民ならではの特徴があったりしたのでしょうか、セイレーンが島民かどうかを何で判断したのか気になります。
ナレーションなしセリフも少ないのに理解しやすい
映画ちいかわ、可愛らしい映像や音声に注目しがちですが、構成も純粋にすごいなと思います。
まず、ちいかわの世界では話せる子が少ないですよね?
今回の映画でも話せるキャラといえば、ハチワレとラッコ先生、シーサー、モモンガ、島二郎、セイレーンくらい。
ラッコ先生と島二郎はセリフが多めで、説明役として大活躍していました。
アニメだとナレーションが入ることも珍しくないのですが、映画ちいかわでは一切のナレーションがなく、キャラクター説明もありません
でも、何故かちゃんとわかります。
回想シーンがベストタイミングで入ったり、「~なの?」「~なんだね」等のセリフによって”しゃべれないキャラの気持ちが補完”されたりで、「このキャラ何がしたいの?」「今何が起きているの?」と迷子にならずに済むのです。



ナレーションがないからこそ”ちいかわの世界観が壊れることなく視聴者が自然に入り込むことができた”、そんな印象すらあります。
セリフが少なくて、ナレーションもないなら「音声が寂しいのでは?」と思うかもしれませんが、今回は歌が多かったです。
この歌がまた妙に耳に残る歌ばかりで、音声の寂しさはまったくありませんでした。うさぎの奇声もありましたしね。
考えるほどにバランスが絶妙だなと思う、アニメーション映画です。
考察①セイレーンにも同情できる部分あり
映画終盤でセイレーンが激辛カレーに倒れ、島民に囲まれるシーン、皆さんはどう思いましたか?
セイレーンは敵か味方かでいうと、敵ですよね。でも、完全に悪者なのかは少し疑問があります。
「島民を拉致して食べる」は酷い・残酷なことをすると感じますが、セイレーンからすればお供(仲間?)の人魚が食べられてしまっているのですよね。
セイレーンは「島民から提供される”濃い味付けの料理”を好む」とされているので、島民を食べていたのはやはり「人魚を食べられたことに対する復讐」の意味が強い気がします。
しかし、島民からしたら「自分たちがなぜセイレーンに襲われるのかわからない」状態で、次々に仲間が消えていくのですから、島民からすれば間違いなく「セイレーンは”敵”」なのですよね。
だからこそ、映画の終盤でカレーによってセイレーンの動きを封じたとき、とどめをさすことを望んだ。二度と襲われないために。
動けない中で大勢から「殺せ」と言われる、そう想像したら何とも言えない気持ちになるのです。
ハチワレが「正しいのか」と躊躇っていましたが、そんなハチワレの存在が救いでした。



セイレーンじゃなく人魚についても悲しくなったシーンがありました。あのしるこサンドのシーンです。殴る音がやけに大きく響いていて、もう殺殺人現場でしかないあの感じ、不穏さに背筋が冷えました…
考察②皆それぞれ絶妙に”罪”なところがある
映画のレビューを見ていると「モモンガに批判が集まっている」印象があります。
私もモモンガは”わがまますぎる”と思っていますが、モモンガ以外のキャラもそれぞれ”罪”を感じたのが本音です。
特にセイレーンとヒトハ・フタバの罪のバランスが絶妙ではないでしょうか。
それぞれに”罪”な行為があるからこそ、一方的にどちらが悪いと言い切れないのが、物語の魅力となっている気がします。
セイレーンの罪とは
セイレーンは一応、”敵”と位置付けられていますよね。
しかし”ただ悪事をしたいだけ”のキャラではなかったと思います。
ちいかわたちは「犯人じゃない」「島民でもない」から食べずに、「ごめんね」までしていますから、ちいかわ族のことを単に餌として見ているわけではないと思われます。
だからこそ、なぜセイレーンは犯人ではない島民を食べてしまったのか?
- 犯人でなくても島民は犯人の仲間・味方として罰する
- 犯人でない島民が帰ってこないならば犯人が名乗り出てくるのではないかと考えた
- 犯人は食べずにずっと海の底に沈めるからそれ以外の島民は食べてしまおう(人魚を食べられた仕返し)
セイレーンが島民を食べたことで罪の比重が増した
”セイレーンは島民を食べてしまう”この事実があるだけで、一気に物語の怖さや緊張感が増しますよね。
もし、セイレーンが犯人ではない島民を食べずに帰していたとしたら、悪者要素がだいぶ薄れるのではないでしょうか。
むしろ、人魚を襲ってしまった・犯人だと名乗りでなかったヒトハとフタバの罪が大きくなりすぎる気がします。



ヒトハとフタバのボートにぶつかったのも”罪”といえば罪なのですが、あの場面に関しては「セイレーンに気が付いたヒトハとフタバが早くその場を離れていたら」と思ってしまう派です。
ヒトハとフタバの罪
ヒトハとフタバの罪はちょっと複雑。
ヒトハ→「人魚を殺す」「フタバに無断で永遠の命を与えた」
フタバ→「セイレーンに近づこうとした」「ヒトハにも永遠の命となるよう迫った」
二人→「犯人だと名乗りでなかった」「島民に何も話さなかった」
ヒトハとフタバの二人の絆が強いからこそ起きてしまったことですが、やってしまったことはかなり重いです。
人魚を食べたのは「殺人」?
人魚を殺してしまったことに関しては、「唯一の友人を失いたくない」というヒトハの想いがあるので、否定しづらいのですが、でも他者の命を奪ってよいのかという視点では×。
黙秘したことで被害が大きくなってしまった
セイレーンが島民を襲い始めたとき、二人はすぐに「自分たちのせいだ」と気が付いたのではないでしょうか。
それでも、二人は黙っていた。
島民にだけでも相談できなかったのかなと思いますが、あの島民の感じだと”協力して二人を守る”ではなく、セイレーンに2人を差し出す”選択をしそうなのが何とも言えませんね。



自分たちのせいで島民が襲われているけれど、何もできなかった、二人で耐えるしかできなかったのを想像すると、二人は二人でしんどかったのかなと思います。
ヒトハとフタバが島二郎と出会えていたら、もっと違う未来があったのかもしれませんね。
モブ島民は被害者だけれど
突然セイレーンに襲われるようになった島民たち。一番の被害者だと思います。
しかし、島民たちにも「あれ?」と思ったシーンがあります。
- ちいかわたちを騙す形で島に招待した
- ちいかわたちにセイレーンのとどめをさすように迫った
セイレーンを討伐するために協力してほしいと素直に言わなかった
招待状には2つ嘘がありましたね。簡単な討伐と百倍の報酬。
セイレーンの討伐と素直に書いていたら、来てくれる人がいないと考えたのでしょうが、島に来ても力のないちいかわちは一目散に逃げ出していました。
初めから素直に助けを申し出ていたら、ラッコ先生のような上位ランカーが来てもらえたかもしれません(少なくともハチワレがラッコ先生に相談はしたのでは?)。



ただ彼らも精一杯のおもてなしをして迎えていましたし、帰っていくちいかわたちにお土産も渡していたので、憎めませんね。
むしろ豪華なおもてなしを受けたのに、セイレーンのことを知らされて一目散に逃げていくちいかわたちもちょっと冷たいなと思いました(とはいえ、ちいかわたちからすればセイレーンはやっぱり怖いですよね)。
とどめさえ島民以外に任せたがる
映画を見ていて、一番モヤモヤしたかもしれません。
島民からすれば「セイレーンを倒せるのは今しかない」との思いだったのでしょうが、自分たちではやらない。
「島民が迷いなくセイレーンにとどめをさしにいった」としても怖い気がしますが、ちいかわたちにお願いするのも何か違う気がしました。
「自分たちを守るため」にセイレーンにとどめをさしたいのであれば、そこはやはり自分たちでやりきるべきなのではないでしょうか。
映画ちいかわは大人にハマる?可愛い以外の魅力
映画ちいかわ、楽しみ方は大きく2つあると思います。
- ちいかわたちの可愛さをひたすら堪能する
- 「何が悪かったのか」「誰が悪なのか」等を真剣に考察する
あの、ラストシーンがどうしても”ヒトハとフタバの悲劇”を連想してしまうので「子ども向けかと思ったのに意外と怖い」という感想があるかと思います。
映画ちいかわはごく僅かですが大人でも「不穏だ」と感じるシーンあり。小学生未満で怖がりだったり大きな音が苦手なお子様は「アニメちいかわが好き」であっても視聴に注意が必要だと思います。
映画ちいかわを”甘さのないつぶ餡”を”甘くてもちもちの求肥”で包んだ大福だと想像してみましょう。
あんこを味わおうとするか、求肥を味わおうとするかで味わいが随分変わります。
甘さのないあんこ、甘くない餡子なんてと思う方もいれば、粒あんだと”お豆の食感”や”皮の歯触り”が苦手な人もいるでしょう。
でも、甘いもちもちの求肥と食べたら「意外といけるかも」と思えるかもしれません。
結局は好みですが、楽しみ方しだいでもあります。
映画ちいかわも、内容を考察するのを楽しんでもよいですし、純粋に映像を楽しんでもOK!



ちなみに私は映画を見たら「落ち込んでしまうかも」と思っていましたが、見終えた直後は「すごいものを見させてもらった」「ちいかわやっぱり可愛いよ」という気持ちが強かったです。
「気分が落ち込むのは避けたい」場合、コツは”肩入れせずに観る”ことでしょうか。
真剣にキャラごとの気持ちを理解しようとすると、ヒトハフタバだけでなく、セイレーンや島民たち、またモモンガなどへも複雑な思いになりやすいので。
「なんで?」と疑問を抱かずに、ひたすら映像や音声に集中すればちいかわたちの姿に癒されるはずです。



可愛かったことはお伝えしたいですし、アニメ映画としてもクオリティは高いと思いました。普段アニメも映画も見ない母(うさぎ推し)も「観てよかった」満足そうでしたよ。
映画ちいかわ、どこまで行くのか楽しみです。








